縁を切る、ということ

なんだか寝る気にもなれず、ただただどうしようもない事が頭を駆け巡る。

真剣に思惟しているわけではなく、どちらかというと取るに足らない雑感を脳内で反芻しているだけなのだが、それはそれで時間と精神力を消耗するものだ。

今日のテーマは人間関係を解消する瞬間について。

あえてこの話をする理由は、僕にとってある程度冷静かつ客観的にこの問題と向き合える時機だからだ。

どんなに仲の良い相手でも、最終的に交流を終えることがある。

ある一定の冷却期間を設けて関係修復を試みる場合もあるが、もはや無理だと悟った場合は完全に縁が切れてしまうことになる。

生来、僕は好きと嫌いと無関心の境界が比較的はっきりしている方だと思う。 たとえば縁の切れた人に対して、わざわざ「あの人は今どうしているんだろう」と調べたりすることは殆ど無い。

それを知ったところでどうしようもないからだ。 大抵、むなしい優越感か嫉妬しか生まない。

人間である以上、ある意味当然の感情だと思うけど、誰のためにもならないことで悶々とする羽目になるのを非常にもったいなく感じてしまう。

SNSのブロックは、少し僕の中で意味合いが異なる。 一方的な絶縁宣言であり、相手の“片思い”も許さないという強い意思表示になる。

された側はそれなりのショックを受けるし、場合によっては反省するかも知れないし、相手を憎むかも知れない。

ただ、それらの思いが相手に届くことは基本的にない。 相手にムダな苦痛と負の感情を与えるという意味では、ペナルティに近い。

まぁこの話は日を改めてだな。