逃避について思うさま書こうと思う

そういえばかつて、さんなか もとかつという一般人の青年が、バラエティ番組の企画で「みちのくプロレス」に入団し、練習の苛酷さに耐えきれず何度も脱走する──というドキュメンタリー風のコンテンツが放送されたことがあった。

番組内では直接の言及こそなかったが、この企画の本来の目的は、三中の素行をめる為であったと言われている。

お客様気分

しかし、本人にとってはちょっとした体験入団のような感覚で*1、特に企画開始当初は「ある程度適当にかじった頃合いで東京に帰して貰えるだろう」とたかくくっているかのような節が見受けられた。

三中はもとより空気を読むのが苦手なキャラだった。 まして番組の企画という特別枠での入団。 恐らく“お客様扱い”されているという意識から脱しきれなかったのかも知れない。

周囲が三中の育成に真剣に取り組む中で、当の本人だけが不真面目な練習姿勢のままであった。

見えないところで手を抜いたり、自分が不利になるだけのウソを平気でいたり──。

やがて、こうした本人の無自覚を指摘する周囲の声が、次第に厳しさを増していった。

ようやく三中は、練習生テストを受けるのは他の誰でもなく自分自身である事、それがなまなかな努力では到底達成できない事に気付き、ついにカメラの前で泣き言を並べた挙句に合宿所を脱走してしまう。

企画の顛末

このVTRには後日たんがある。 紆余曲折の末、三中は自身の一存で企画を強制終了させ、それが原因で番組内での自身の立場を危うしてしまった。

さらに、その事後対応で見え透いた言い訳を続けたことで、スタッフや他のメンバーの心証を余計に悪化させ、最終的には番組を追放された。

ここまでのあらましも後の放送で明らかになるわけだが、くだんの番組は編集が実に巧妙で、非常にナチュラルな流れで「あの甘ったれの問題児のわがままをこれ以上許すな!」みたいな空気が出来上がっていったように思う。

僕たちはどう生きるか

ここまでが長い長い前置きであった。

く言う僕も、人生の様々な局面で逃げ出したい衝動に駆られる事が往々にしてある。 そんなとき、この一連のエピソードが頭をよぎるのだ。

僕の業界も『炎上案件から逃げずに完遂した』というだけで賞讃される傾向にあり、その一方で再起不能になるまで追い詰められた人を何人も知っている。

《本気でヤバくなったら逃げてもよい》という言葉は、送り手・受け手の立場や周囲の状況に応じて、正解にも不正解にもなりうる難しい命題で、少しだけ役職が上がった今、ますますそのジレンマにおうのうする日々を送っている。

逃げると、確かに一時的に立場は悪化する。 というか今までの世界にいた人間の殆どが敵に回る

だからと言って必要以上に悲観する事はなくて、敵に回った人たちと距離を取って生きる覚悟さえあれば幸せになる機会はこの先いくらでもあるんじゃないかな──。

……まぁいつもながら、何が言いたいんだか分からん日記になった。

*1:それは、男色ディーノ野橋太郎から『本気でプロレスラーになる覚悟があるのか?』と問われたときに、一瞬躊躇の表情を見せることからも明らかであった。