いろいろ近況

健康診断で血圧が引っかかり、「とっとと医者を受診しろ」と産業医に脅されたのが昨年末のこと。

その後すったもんだあって、血圧どころか脈が異常に速いという事実が明らかになった。 何もしなくてもHPが自動的に減り続けるステータス異常の呪いがかかっているらしい。

医者には「ここまで、よく来れましたね? 息が上がったり苦しかったりしませんでしたか? 普通に生活できているのですか?」と言われる始末で、確かに言われてみれば休日はほぼ1日中寝る日が増えていた。

これまで単にメンタル的な問題でだるくなっているだけだろうと勝手に思っていたが、実際に体が悲鳴を上げていたらしい。

とりあえず僕の身に何が起きているかを調べるにしても、設備の整ったところに行かねばならないということで、大病院の循環器内科への紹介状を持たされ、そこで精密検査を受けることになってしまった。

はてさて、大ごとになったものである。

そんなわけで、血液を試験管5本分も抜かれたり、ホルター心電図を24時間装着したり、超音波検査を受けたり、2日間で色々やった。 何より採血がこたえたし、検査代だけで諭吉が飛んだ。

結果は今月末に分かるらしい。 恐らく体のあちこちが悪いことは先刻承知なので、これを機に健康を取り戻せたらとは思う。


魔が差してルービックキューブを買った。

どうせ家にいようと病院にいようと、寝て過ごすことに変わりはないわけで、せめて脳トレもできて手遊びもできて暇でも潰せたらと思ったのだが、10回ほどバラして組み直してを繰り返したら速攻で飽きた。

6面を揃えること自体はさほど難しくなく、手順とパターンさえ覚えてしまえばほぼ頭を使わないことに気付いてしまった。 ただ、解法の冊子などを見ずに6面を揃えられると、それだけで何か頭が良さそう──というか、デバッグが上手そうだと思ってもらえるかも知れない。


先日、親友の祥月命日だった。 彼とは高校時代に親しくなり、僕にとって唯一無二の存在であった。

しかし生まれつき心臓が弱く、長生きはできないと医者から宣告されていた。

ここから先は十年も前の昔話になる。

あるとき、真夜中に不整脈の発作が彼を襲った。 恐らくそれが決定的な出来事だったのだと思う。 救急搬送され、その時は一命を取り留めたものの、そのあとはまるで坂道を転げ落ちるように悪くなっていった。

亡くなる直前は本当に一日中寝ているような状態で、すぐに疲れてしまうのだという。

片方の目は殆ど見えなくなっていた。 本人も死期を悟ったのだろう。 僕に「俺、死ぬのかな」と訊いてきた。

僕は、彼のいない世界など考えられなかった。「もし死ぬなら僕も連れて行け」と、半ば本気で言った。

できることなら僕の寿命を半分わけ与えてもよかった。

── あれから十年といくらか経って、いま僕に起きている症状に似ているな……と、嫌な予感がよぎっている。

僕はまだ死にたくはないが、彼が迎えに来たというのならば行ってやってもいいかな、と、ついつい考えてしまう。

血圧計

血圧が高いらしい。

 

病院で、お試しでアムロジン2.5mgを処方された。 また、血圧計を買って朝晩測定するように言われた。

 

いやはや面倒なことになった。

ただでさえ生きるのが楽しくなく、ストロング系アルコールと塩分だけが最後の楽しみだというのに、それすら禁じられたら一体このつまらない人生をどう生きればよいのか分からない。

 

とは思ったが、この数年来の全身の倦怠感やら無気力やらは、ひょっとしてフィジカルからくる問題だろうか。

 

だとすれば、たとえば薬で抑え込むか、生活習慣を多少マシにするかすれば、もう少し生きる気力が湧くのかも知れない。

 

兎にも角にも、血圧計を買った。見えないものはそもそも管理のしようがないので、好むと好まざるとに関わらず見える状態にする必要があるらしい。

 

血圧計はオムロンテルモ製の、上腕で測定するタイプのものを選ぶように言われた。 それならばと、一番スタイリッシュでコンパクトでそこそこいい値段のするオムロンの2万円の血圧計を買った。

 

それは別に良いのだが、帰っても封を開ける気にならず、部屋の隅に転がして放置してしまった。

 

アムロジンはすぐ飲むように言われたので薬だけはすぐ飲んだ。 その後なにもする気がなくてベッドに横になったら、ガクッと眠りに落ちてしまった。

 

夢うつつの中で、左手が痺れる感覚を認めたり、金縛りにあったりした。QoLもダダ下がりである。

 

それで、実際のところ夢も希望もない状態である。放っておいてほしい、そして、生きるだけ生きたら苦しまずに死にたい。

希死念慮と高血圧

わりと日々がつまらなくて、だいぶ生き方が雑になっている。

 

ここに書くわけにもいかない話も多いが、いずれ語るに落ちるかも知れない。

 

積極的に「死にたい」と強く思うわけでもなく、そのための行動を起こすこともしないが、あまり生きたいとも思わない。すべてが消極的。

 

不健康な営みを繰り返したところ、ついに健康診断で引っかかってしまった。

 

どうやら高血圧ということらしい。たしかに、いつ測ってもだいたい140くらいある。医学的にはここ数年、正常値の基準がどんどん下がっているらしく、120を超えたら危ないらしい。

 

放っておくと死ぬらしいのだが、正直いま死んだとて特に悔いもない。

 

しかし高血圧の場合、ラクには死ねず、大抵は脳梗塞心筋梗塞などだいぶ苦しみを伴うらしい。

 

脳梗塞になった人間がどうなるかは、親族を見てよく解っているつもりではあるので、ラクに死ねないならばまぁ薬でも飲んでやろうかという気にもなる。

 

心が思うことと体の状態がちぐはぐだ。

続・カスタムURUSHIのこと

2週間ほど前に、破格の万年筆・カスタムURUSHIを買った。

 

国産品で10万円を超える万年筆はあまたあれど、それらはペン軸に彫刻や蒔絵、螺鈿といった装飾が施されていたりすることが多い。 あるいは特別限定品などの稀少モデルにも、やや割高な価格設定がなされることなどがある。

 

しかるにカスタムURUSHIはレギュラー商品であり、まずプレミアはつかない。 さらにこれといった加飾もなく、すなわちほぼ筆記具としての機能性だけで96,800円(税込)という値付けがなされた稀有な商品である。

 

確かに書き味は素晴らしい。 M(中字)という、常用するにはいささか太めの字幅を選んだにも拘らず、使わない日は無いほど愛用している。

 

インクは、今のところセーラー万年筆の「蒼墨」という顔料インクに落ち着いている。 少なくとも手持ちのインクをいくらか試した中では最も相性が良かった。

 

彩度を抑えたブルーブラックに近い色味もかなり好みにマッチしている。 顔料なのに綺麗なインクの濃淡が表れて、たいへん趣深い。

 

画像を添付しようとも思ったが、どうしても肉眼で見る繊細な色味をモニタ上に再現できなかったので諦めた。

 

というのも、筆記する紙によって発色が随分と異なって見えるからだ。 たとえば手帳用のトモエリバーと、ツバメノートの中性フールス紙では、同じペン・同じインクで筆記しても全く別の色合いになる。

 

特にツバメフールス紙に書いたときの色味はたいへん深い味わいがある。ノートは7mm罫を使用しているが、中字の万年筆で書いても窮屈にならずちょうど良いと感じている。

 

これまで、万年筆もボールペンも一つのペンケースにガシャッと詰め込んで持ち歩いていた。 安価な樹脂軸ならばそれでも問題にならなかったが、さすがに漆塗りの万年筆にその扱いは乱暴だろうと思い、専用のペンケースを購入した。

 

柔らかい豚革でできている一本挿しで、ペンをしまった後はひもをくるくると巻いて固定する。

 

これまた、使い始めと使い終わりの儀式感があって、なんかいい。 なんか頭が良くなった錯覚に陥る。 実際はまったく知能指数が上がっていない。

 

さて、万年筆は極めてパーソナルな筆記具である。 一度クセが付いたら、おいそれと人に貸すこともできない。

 

自分だけの筆記体験というのは究極の贅沢であり、人に貸せないそこそこ高価な実用品という点に於いてどことなくメガネやパイプに似た趣がある。

 

特にこの話に落ちはない。

万年筆(パイロット・カスタムURUSHI)を買った

文房具が好きだ。

 

幼少期から、TVチャンピオンの文具王選手権をよく見ていたし、学齢期に達してからは地元の文具店を巡り歩いた。

 

そんな僕が密かに愛用している文房具が万年筆である。 現代人の感覚からするといささか時代遅れに思われるかも知れないが、実はこれほど筆記が楽しくなる道具も珍しい。

 

第一に、筆記感の違いが挙げられる。 ボールペンに慣れた人が初めて万年筆を使うと、ほぼ例外なく独特の「なめらかさ」を感じる。

 

第二に、いかに量産品といえど万年筆は職人の手が入った一点モノであり、それゆえ個体差も大きい。 さらに長期間使用するうちに自分のクセに合わせてペン先が変化していく。 純粋に自分だけの道具として愛着が湧く。

 

第三に、目的に合わせたペン先の豊富さが挙げられる。 字幅の太さだけでなく、筆跡の強弱のつけやすさも好みに応じて選べる。

 

第四に、ペンの素材の豊富さ、デザイン性の高さ、それらに対する選択の自由度の高さが挙げられる。 ペン先はステンレスや14K、21Kなど。 軸もカジュアルな透明軸から、木軸、蒔絵、螺鈿など、芸術性の高いものまで実に多種多様である。

 

第五に、インクのバリエーションの豊かさが挙げられる。 国産品だけ見ても、色彩雫や四季織など数十色に亘るインクが揃っており、むしろ無い色を探す方が難しいし、なんなら自分で調合もできる。 時間経過とともに色が変わる没食子インクも楽しい。

 

そんなわけで、学生の時分はLAMYのサファリやアルスターを愛用し、長じてからはプラチナのセンチュリー#3776やパイロットのエラボーといった金ペンを常に持ち歩いている。

 

そんなある日、「カスタムURUSHI」という奇跡の万年筆の存在を知った。 日本が世界に誇るパイロットのフラッグシップモデルである。

 

少し説明すると、国内三大万年筆メーカーのパイロットは、カスタム72、カスタムヘリテイジ、カスタム845など、「カスタム」と呼ばれるシリーズの万年筆を展開している。

 

ちなみに、カスタム72は1万円の万年筆。

後に発売されたカスタム742は2万円、カスタム743は3万円、カスタム845は5万円。

 

何が違うかというと、ニブと呼ばれるペン先の大きさが違う。 また、選べるペン先の種類の豊富さも違う。

 

そして、これらの頂点に君臨するのが、カスタムURUSHIである。 価格は88,000円(税抜)で、消費税を入れれば10万円弱になる。 蒔絵や螺鈿といった華美な装飾加工ではなく、純粋に筆記具としての機能だけにパラメータを全振りしてこの価格設定だ。

 

ペン先は特製の30号ニブ、軸はエボナイトに蝋色漆仕上げ。 見た目は地味な仏壇*1のようだが、店頭で試筆した途端に「これは……!」と思った。

 

思いつく限りの言葉を並べても表現しきれないのだが、誇張ではなくとにかく信じられないほどラクに線が引けるのだ。 いや、本来万年筆はそういうものなのだが、これは少し次元が違う。

 

敢えて例えるなら、軽自動車からセダンに乗り換えたときの乗り心地の変化というか、「書きたい」と思った方向に自動で筆が走る感覚というか。 それもかなり上品な走り方をするのだ。

 

ペン先は FM(中細)、M(中字)、B(太字)すべて試筆した。 字幅によって、同じシリーズとは思えないほど書き味が異なる。 ノートなどに常用するなら字幅の問題で FM 一択だろうと思っていたが、改めて M に持ち替えた途端に「求めていた書き味はこれだ」という確信が芽生えた。

 

B は、さらにヌラヌラとしたインクフローと無重力のような運筆を楽しめそうだったが、さすがに字幅が太すぎて使い所が分からなかったので候補から外した。

 

こういうのは、毎日なにかしらで使いたいので、実は M でも字幅が太すぎると思ったが、しかし FM に持ち替えた瞬間、急にペンの滑りが悪くなったような感覚を覚えた。 筆記時の気持ち良さで選ぶならやはり字幅が多少太くても M なのだ。

 

私はこのペンに何を求めるかと自問自答し、懊悩の末、カスタム URUSHI の特大 30号ニブを活かすにはやはり M だろうと結論した。

 

結論として、その選択は正解だったようである。

 

家に帰って早速インクを装填した。 驚くべきことに、外からは見えないはずのプッシュ式コンバータにまで漆が塗られていた。

 

通常であれば、滅多なことをして壊すのもつまらないので、ここは純正インクを選ぶだろうが、私は他社製の顔料インク「蒼墨」を使った。

 

手入れを怠ればペンを壊しかねない顔料を、こともあろうに新品の10万円の万年筆にぶち込むなど暴挙に等しいが、最高のペンには最高のインクを入れておきたかったのだ。

 

どのみち物はいつか壊れるので、おっかなびっくり扱ってそのうち億劫になって使わなくなるより、使い倒して壊す方がまだ大枚叩いて買った甲斐があるというものだ。

 

さて、持ったら持ったで何か書きたくなるのが人情。 数年前の手帳に空白ページがたくさん残っているのを見つけたので、新しい万年筆で文字を練習した。

 

ペンを立てて書いても寝かせて書いても線が途切れることなくインクが流れ出てくるし、筆圧を掛けないので全く疲れない。

 

意図的に多少筆圧を掛けてもおかしなことにはならないようだ。 超大型のペン先がサスペンションのごとく力を吸収しているからかも知れない。

 

ただ、この万年筆は使う人を選ぶようで、ネット上のレビューを見ると苦しい評価もみられる。

 

そもそも軸が太いので、手の小さい人には合わないかも知れない。 さらに、軟らかめのペン先、軽すぎる筆記感、太めの字幅も好みが分かれるところではある。

 

まぁこれは仕方ない。 人が万年筆を選ぶように、万年筆も人を選ぶのだ。

 

高いから必ずしも全てのニーズを満たすとか、万人にとって良いものというわけではないし、1万円の極細センチュリーだってかけがえはない。

 

ただ、個人的にカスタムURUSHIは宝物になるレベルで感動的な体験をもたらしてはくれた。 ペンの握り心地、視界に入る特製のペン先は触覚と視覚を大いに満たしてくれる。 早速今日から使い込むし、もし壊れてもペンクリニックに持ち込んで蘇生させ末永く使い続けるだろう。

 

しかし残念な点が二つほどある。

 

一つ目は、本製品の名前の由来である「漆」の良さをいまひとつ実感していない点である。 手触りだけならプラスチックと区別がつかない。 この辺は長期的にきちんと使い込んで改めてレビューしたい。

 

二つ目は「カスタムURUSHI」というネーミングである。 カスタムというシリーズの枠で世に出してほしくはなかったし、なんとなく野坂昭如の「アメリカひじき」を髣髴させる奇妙な言葉の取り合わせのせいか、いまいち名前から格調を感じない。

 

まぁでも別に名前はこの際どうでもよくて、この奇跡的な書き味の万年筆を手に入れたこと(しかも幸運なことに僕と相性の良い個体を手に入れられたこと)が嬉しくてここに書き込んだ次第である。

*1:黒と金の取り合わせによる万年筆を仏壇と呼ぶらしい。

いそがしい。

最近、心と体はすこぶる不調だが、なぜか仕事は妙に成果が出ている。

 

プログラムは書けているし、連日のお客との厳しい調整ごとも、最前線でそつなくこなせている。

 

わたしが行くとだいたい場が収まるので、1日の大部分が打合せで埋まってしまう。

 

難局を乗り切る際の心理戦というか、絶妙なタイミングでうまい落とし所に持っていくまでの空気の誘導というか、そのへんのスキルは自分が思っている以上に人から評価されているらしい。

 

本来は技術力で評価されたいのでプログラムをよく書くが、そこは僕じゃなくてもいいと思われている節があり不本意である。

 

自分の作業を犠牲にしているため、なんだかんだで昼間は手が動かず、残業が増えたり休日出勤が必要になったりしている。

 

こうした皺寄せが、おそらく心身の負担となって、あとでじわじわ効いてきそうで不安だ。

疲れた。

体力が一日もたない。

 

まるで、常にエネルギーを吸い取られているようだ。

 

HPのMAX値がそもそも低いのか、消費速度がえぐいのか。